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任期満了・ブログ終了

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約2年間ありがとうございました。 青年海外協力隊の派遣前訓練から始めたこのブログも今回で最後。 今まで読んでいただいていた方々、ありがとうございました。 途中までは「充実してます!」みたいな感じにしたくて、 丁寧な文面でちょっとポジティブになるようにしてたけど、 ある日を境にありのままを感情を出して書き綴るようになっていた。 友達からは「あいつ大丈夫か?」って思われてたけど、 このブログでいろいろ書いてたお陰で気持ちの整理とかできたし、 今読み返してもそのときの思いがそのまま書いてあるから、 今となってはいい思い出になってる。 2020年3月22日にエクアドルを出発し、オランダ、ドーハ経由で3月24日に帰国。 その後はホテルでの隔離生活と実家でのニート生活を送っていた。 実家に高齢の祖母がいるから、 4月5月は本当にほぼ外出せず家にいた。 6月に入ってからやっと岐阜市や名古屋に行ってみて、 7月に入ってから面接に行きはじめ、 何とか日本の社会に復帰できそう。 そして、2020年7月11日をもって、青年海外協力隊の任期満了! まさか任期満了日を実家で迎えることになるとは。 先日気付いたんだけど、僕がYoutubeにアップした葉切りアリの動画が、 5,800回再生されていて、定期的に再生数が伸びてる。 これの需要元?がわかる人がいたら教えてください(笑) 【追記】 同期隊員からの情報で、 教育テレビで葉切りアリが登場する歌があったみたい。 そこから検索する人が増えた…のかな?   いつの日か、エクアドルに遊びに行きたいな。 その日が来ることを信じて、今日も痩せたい。 みんな、エクアドルにおいでよ! いいところだよ!! 江口友晴 青年海外協力隊 2018年度1次隊:観光 エクアドル・パスタサ県プーヨ にほんブログ村 にほんブログ村

エクアドル最悪の事態

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【誰かこうなるって想像できた?】 残念ながら、エクアドルのコロナウィルス感染者数は日に日に増えている。 【エクアドルの累計感染者数】※在エクアドル日本国大使館情報 3月26日1382人 3月27日1595人 3月28日1835人 3月29日1924人 3月30日1966人 3月31日2302人 4月01日2758人 4月02日3163人 ついに全ての県で感染者が出てしまった。 ■エクアドル政府のウェブサイト(上記の画像の掲載元) https://www.salud.gob.ec/el-ministerio-de-salud-publica-del-ecuador-msp-informa-situacion-coronavirus/ エクアドルでの第一感染者である女性がスペイン旅行から帰ってきた空港があるグアヤス県では約2,250人の感染が確認されている。 そんな中、昨日(4月2日)に驚愕のニュースを目にすることになった。 「遺体が道端に放置されている」 うそだろ?そんなことあるか?…と思っていたが、 スペイン語のニュースがちゃんと存在するし、朝日新聞でも取り上げられた。 CNNが映像として発信しているし、実際の生々しい映像も出回っている。 感染者が連続して亡くなって、 埋葬・火葬が追い付かず、処理ができなくなった末の最悪の状況。 ■朝日新聞記事 https://www.asahi.com/articles/ASN423VT0N41UHBI024.html 2週間前までいた国の最大都市で、遺体が道端に転がっている。 悲しいなんていう言葉では表現できない。 地球の裏側ではこんな状況になっているのに、 同じウィルスの感染ルートも追えていない、 移動規制がされていない日本では呑気な人が多い気がする。 若者が叩かれてる記事やニュースを見かけるけど、 若者とか関係なく真面目に考えてる人もいればアホな人もいる。 もちろん、ちゃんと声に出して周りに注意喚起をしている人もいる。 それでもやはり政府の対応が遅いし悪いし、何がしたいのか理解できない。 政府の対応のせいなのかはわからない

隔離生活

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【ストレスとの闘い】 3月24日に帰国してからちょうど1週間。 基本的にはこのホテルの部屋に籠って生活している。 1日の流れ。 7時:起床。体温を確認後に朝食。 ホテルの朝食ビュッフェで野菜、ヨーグルト、ひじき、納豆、鯖、卵、果物など栄養をできるだけ摂取。 8時~10時:暇つぶし。YouTubeや映画など。 10時~12時:外出。清掃員さんが部屋を掃除してくれるタイミングで、近くの薬局に昼食と夕食の買いだし。薬局の滞在は必要最低限。靴がビーチサンダルかスーツ用の革靴しかなくて、ビーチサンダルを主に活用。 最近、雨の日が多くて今日初めて盛大に滑って転んだ。 さすがに危険を感じて親に連絡。実家からスニーカーを持って来てもらう。 12時~:昼食。カップラーメン、パン、おにぎり、お菓子とかその辺。 午後以降:暇つぶし。昼寝、無駄に風呂、運動など。 夕方:夕食 …という非常につまらない生活。 それに加えて、昨日から携帯がwifiに繋がりにくくなっている。 パソコンがあるからいいけど、whatsappに影響が出るのは面倒だ。 ホテルの近くにスタバがあるから行きたいし、 ラーメン屋とかにも行きたい。 でも、もし自分が感染してたらって思うと、 マスクを外さなきゃいけない場所には行けない。 今のところは体温36度前後で咳や鼻水などの症状なし。 ご飯も美味しく食べられているから味覚障害もない。 隔離生活が終わって落ち着いたら会いに行きたい人がいるけど、 「落ち着いたら」っていつなんだろう。 ここからは日本全体の話。 新型コロナウィルスのピークは過ぎたみたいな話を聞いた記憶があるけど、 オリンピック延期が決まってから、あからさまに新しい感染者数増えてないか? ロックダウン(都市封鎖)の話も出てるし。 んで、オリンピックは相変わらず7月末にやるんだね。 暑さ対策や水質汚染の問題はまだ解決できてないと思うんだけど…。 不要不急の外出は控えるように要請しておいて、 飲食店、ライブハウスなど今日を生きる人たちには何も補償はなし。 パチンコ業界に対しては特に何も言わない。 そもそも自粛って要請するもんじゃない。 今の日本政府に対して不安しかないけど、 今までその人たち

出国から帰国、隔離まで

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【長い帰路】 出国日の朝、洗濯などだいたいのことを済ませて暇だったから、 郵送用のスーツケースに入れるチョコレートを買いに出かけた。 スーツケース内には三脚や故障した一眼レフなど硬い物を入れてたから、 気休め程度のプラスチック容器も保護用に購入。 タクシーで空港へ。 空港に着くと、空港スタッフから便の確認と出発ターミナルではなく、 向かいの飲食店が入った建物に行くように指示された。 建物に入ると、店は1店舗のカフェ以外休業。 マスクをした外国人がたくさんいた。 この外国人たちはみんな僕たちと同じ飛行機に乗る人。 時間になると、少しずつチェックインカウンターに誘導され、 それ以外は向かいの建物内で列を作って待つことになった。 空港内のお土産屋も全て営業停止中。 スカイチームのKLMオランダ航空とワンワールドのカタール航空が、 荷物提携をしており、ピックアップなしで成田まで行くことに感動した。 出発を待っていると、急にアナウンスで呼び出され、 何かと思ったらランダムの荷物検査に見事選ばれた。 下の階に連れて行かれ、スーツケースを開けされられ、いろいろ見られた。 そんなこんなで出発し、 グアヤキルで乗客をピックアップしてアムステルダムへ。 エクアドル内で一番感染者が多いグアヤキル+ヨーロッパ+中東経由ということで、 感染リスクが上がる要素ばかりな気がする。 そして何気に日本⇒アメリカ⇒エクアドルの次が、 エクアドル⇒オランダ⇒ドーハ⇒日本だから、 地球を一周したことになる。ちょっと嬉しい。 初めての大西洋横断。 オランダに到着。KLMオランダの色が好きだ。 ミッフィーがお出迎え。 オランダ・アムステルダムの空港は店が普通に営業しているし、 空港スタッフはマスクしてないし、「マジか!?」っていう印象。 普段は飲まないスタバもここでは飲んだ。 「Please」が出てこなくて「Por favor」って言ってしまった。 なんだかんだでカタール航空に乗ってペルシャ湾を横断してドーハへ。 ドーハ空港で有名な大きいクマさん。 この時点でエ

出国前日

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プーヨからキトに。 朝6時20分に起床。 荷造りを終えて、ホストマザーが起きてなんか作ってくれるかなーと待っていた。 起きてこない(笑) 結局、ドライバーが到着してしまい、急いでドアをノックして起こして、 最後の挨拶をバタバタとした。 バタバタしてたけど、最後のハグと別れの挨拶は泣きそうだった。 エクアドル生活の中では珍しく予定通り7時に出発。 もう1人のプーヨ隊員もピックアップしてキトに向かう。 基本的に外出するなという指示が出ているから、 道路には車も人も少ししかいない。 それでもひたすら歩いて移動している人もちょいちょいいた。 県境では軍の人が通行証があるか、移動していい人かどうかを確認していた。 加えて、車を下ろされ、テント内で手の消毒と熱がないかの検査、咳などないかの確認がされた。 車を消毒する部隊も完全武装で働いていた。 昨日、二度寝して遅めに起きたのと、任地が最後の夜っていうので、 深夜3時くらいまで寝れなかった。 車で寝ればいいか。。。。なんてアホな考えをしていて大失敗。 運転、めっちゃ荒かった(笑) 他の車が少ないからスピードも出るし、山道だし。。。 全然眠れなかった(笑) でもキトの連絡所にプーヨから3時間30分で到着! はえーよ(笑) (いつもは長距離バス5時間、市内バス1時間) 移動中に帰国便が決定。 違うアライアンスの2つの航空会社を利用予定。 スーツケースは1個のみ。 乗り継ぎの際にスーツケースのピックアップは必要か? 答え合わせは明日の空港で!(笑) とりあえず、買い出しへ。 エクアドル隊員御用達のメガマキシは長蛇の列。 外務省カード(身分証明書)とマスクが必要だった。 たぶん、エクアドル隊員なら、 「え?ここから並ぶの?」って思うであろう駐車場から並んだ。 一定間隔を保って並び、階段で2階へ。 買い物を始めるとけっこう売り切れが目立つエリアもあった。 ちなみに、今の連絡所には過去最高に日本食が揃っている。 帰国した隊員が置いていったもの。 ありがたくいただいてます。 そして、なんと、僕、荷物が異常に少ない(笑) 今後、いろんな物

急にきた任地最終日

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【1年8ヶ月の日常最終日】 3月20日。 正直、まだまだ帰国は先だろうと思ってた。 だから、まだまだ 「普通に」 生活できるもんだと思っていた。 今日はATMに行き、汚いお札を預けて、新たに引き出してお札の交換を試みた。 しかし、お札の状態が悪いから預入不可という表示。 「いや、お前(ATM)から出てきたやんこいつら(汚いお札たち) 」 とツッコミを入れながらも断念。 同期隊員から頼まれたものをスーパーマーケットで購入。 「明日からはマスクなしで入店できないよ」と言われ、 警戒心が高まってきてるなーと実感していた矢先、 昼過ぎに調整員から電話が入り、 「明後日、隣県の隊員と一緒にキトに上がってください」という指令。 おぉ、思いのほか早かったなーと思って、 荷造りを再開。何となく終わらせると、 パスタサ県庁の上司から電話。 「トモ、JICAから聞いたぞ!明日の朝、県庁の車でキトまで送っていくよ。」 お、おぉ!!? 早まったー!!! え?つまり今夜がプーヨでの最後の夜?(仮) ほとんどの人に挨拶できてなくて辛い…。 そして、今夜がホストマザーの最後の料理!? …と思ってたら、ホストマザーの娘がファネスカを作って持ってきたらしく、 ホストマザーの料理も食べられず。 まぁ、でも最後にエクアドルの伝統料理を食べられたのは良かった。 ファネスカ、美味しかった。 Whatsappで明日プーヨを去ることをアップすると、 ホストマザーの息子が、ビデオを送ってくれた。 僕がエクアドルに来たときは生後6ヶ月くらいで、 そこからずっと成長を見守り続けてきたホストマザーの孫・カイエタノの動画。 今は2歳と1ヶ月。 まだはっきりとした文章は話せないが、 お父さんの言うことを真似して僕にメッセージをくれた。 泣きそうだった(笑) 夜、県庁の上司がドライバーと一緒に家の前に来て、 明日の朝7時に出発、もう1人のプーヨ隊員も一緒に連れて行くとのことで簡単に打ち合わせ。 その後、キトに上がるために必要な「Salvo Conducto」という書類を調整員から受け取り、準備万端。 キトでの滞在は連絡所かと思いきや、ホテルになる可能性